
やってみた!おうちde花まるサロン体験記①
今年もバレンタインの季節がやってきた。
毎年、実家の父にはチョコレートを郵送しておしまい、という感じ。
父と天気などの世間話以上の会話をしたのはいつだろうか?
そもそも、実のある時をしたことがあっただろうか?(いや、記憶にないですね)
小さい頃からイロイロあり、仲が良いとはいえない関係の父。
でも、お互い歳を重ねて、かなりまるくなった。
高齢の父は耳がやや遠いので、世間話自体もキャッチボールになってるのかどうかわからない。
しかし、父と仲の良い人の話では、ずいぶんと深い話をして盛り上がるようなので、耳のせいではなく、私と気があわないだけ、話すことがない、というほうが正しいだろう。お互い様。笑
さて、そんな実家の父にバレンタインの贈り物として、今年は花まるタッチをプレゼントにしてみたのですよ。
私は、30年近くトリートメントの仕事をしているので、人様にふれることには慣れている。
しかし「親子」というのは特別ですからね。
ふれるケアのプロである私でさえ、こんなにハードル高いのだから、一般の方で、「仲良し」とは言えない関係のご家族にふれることが、どれほど難しいことだろう、と思う。
ちなみに私の場合は、父だけでなく、母との関係も良くなかった。
しかし、タッチケアのおかげで今は全く違うものになっている。
母は、コロナ禍の外出禁止期間中に、習い事もすべて辞めて家にひきこもるようになり、転んで足を痛めたこともあって、いっきに老け込んでしまった。
当時は正直、父も母も、もう長くないかも、と思ったくらいだ。
母の性格は、少女がそのまま歳をとったような…無邪気で好奇心のかたまりだったのに、
「もう何も楽しいことはない」「あとは死ぬだけだ」と言いだして、あぁ、これはマズイ…と思った。
それを心配した義姉が、私のサロンに母を連れ出してくれるようになり、定期的に全身トリートメントを受けてもらうようになった。
そこからの変化は、かなりドラマティックだ。
当時、ちょっとつまづいたことで足首を痛めて腫れてしまい、歩くのも嫌になっていたのだが、みるみる回復し、痛みがなくなるとともに、好奇心もとりもどしていったのだ。
それから1年後には、あそこに行きたい、コレが食べたいから手配して、といつもの女王様リクエストが来るようになり、定期的に旅行をするようになった。
今では電動自転車をのりまわして楽しそうにしている。
母の回復ぶりにはだいぶ遅れをとったが、通い始めて3年くらい経過した頃、私の中でもようやく長年のわだかまりが解けていったように思う。
今でも大切にするところがまったく違うので、深い話はできないけれど、好き嫌いを超えた「とても大切な存在」として良好な関係を築けていると思う。
そんなわけで、今回も実家に到着すると、昼食に私の好物を母が用意してくれていた。ありがたい。
その料理に、どんなに手間をかけたか、工夫したかについてしゃべり続ける母。
さらに何度も何度も「おいしくできたかな?」と確認してくるので、できるだけ大きな声と大きな表情で「ホントウニ、美味しいですよ」を伝える。
若い頃は、そんなことでもイライラしたなぁと懐かしく思う。
そして、食事が終わると母が「ねぇ~お願いがあるんだけどぉ。ちょっと肩もんでくれない?」なんて可愛らしくいってきた。
「実は、今日はバレンタインのプレゼントのかわりに、二人にタッチケアしようと思って準備してきましたよ。」
というと、とても喜んでくれた。
しかし、女王様は気が短いので、今すぐ完璧に準備をしなければ、プイとすねてしまう。
そのため、会話をしながら折りたたみチェアをセッティングし、ホットタオルパックを準備して
ぱぱぱっとあっという間に「おうちde花まるサロン」を完成させる。
よく考えれば、このスキルは今現在の私の仕事にとても活きていると思う。笑
待っている間に服を脱ごうとしているので
「今日はオイルじゃないから、洋服のままで大丈夫!そのまま、そのまま!」
と大きなジェスチャーで説明。しかし怪訝な顔。
母には、洋服をぬいで全身のオイルトリートメントをさせてもらっているので「着衣のまま」の意味がよくわからないよう。(いえ、何度もタッチケアはしているのですけれどね笑)
靴下だけ脱いでもらって、ゆったりとリクライニングチェアに座って、クッションを重ねたフットレストに足をおいてもらう。
準備ができたら、大音量のテレビを消してもらい、さっそく頭部とひざ下の花まるタッチをスタート。
母の施術が始まると、今度は父が「もうお昼寝しようかな。」という。
「すぐ終わるから、もうちょっと待っていて」と伝えるが、聞こえているのかいないのか。
タブレット端末で将棋をうちはじめる。
それもあきたようで、今度はウロウロし始める。
「お父さん、もうちょっとだから待ってて!」と母がいう。
そうしてなんとか父にバトンタッチ。
肩と腰をホットタオルパックで温めながら、ひざ下のタッチケアから。
「痛くない?」「痛くない」
「ここは?」「痛くない」
「痛くない」しか言わない。笑
ガチガチの肩にふれても「別に、痛くない」
「なんかもう歳だから、神経いってないのかも」なんて言っている。
筋肉は落ちたが、骨太でしっかりしている。
まだまだ歩けそうだ。
無事に施術が終わり、しばらくすると
「あれ、なんか肩が軽いかも」
なんて、嬉しそうにしている。
その日の夜、
「遠くから来てくれてありがとう!マッサージ初体験!」というメッセージとともに
泣いて喜んでいるスヌーピーのスタンプが送られてきた。
なんと!
本当に喜んでいらっしゃるご様子。
よかった、よかった。
ちなみに、ふれるケアは今まで何度も体験してもらっているので「はじめて」ではない。
認知機能に問題はないので、ただ忘れているのだろう。
つまり印象に残っていないのだ。
それは施術している自分が一番よくわかる。
何しろ、ケアの途中で「あぁ、もういいよ」と手をはらわれるような関係。
私も思春期の頃、肩にふれてくる父の手を払いのけていたので、おあいこですね。笑
”心が通い合うスキンシップ”
なーんていう記憶は、幼稚園くらい??思いだせないくらい過去のこと。
きっとそれは父にとっても同じ。
だって「触覚」は、ふれている側もふれられている側も、共有する体験ですからね。
そんなわけで、思いだせないくらい久しぶりに「ふれあう」時間になったと父は実感したのではないだろうか。
タッチケアがなければ、私はまず間違いなく、父にふれようとは思わなかっただろう。
もしかすると、終末期でさえ、ふれることができなかったかもしれない。
実際、そういう親子はすくなくないと思う。
特別な問題がない家族でも、ふれることから遠ざかっていると、目の前のその手にふれることが、
信じられないほど難しいこともあるのだ。
だからこそ、私は「あまり仲が良いとは思えない」親子ほどエナジーハンドを知って欲しいと思う。
イメージするだけで「キモチ悪くてさわれない」
と思う人ほど、学んでほしいと思う。
さらに、もっと難しい問題をかかえた人であっても、エナジーハンドを活かしてほしいと思う。
自分を守りながらふれる技術のエナジーハンドなら、大丈夫だよ、と伝えたいと思う。
もし直接、家族にふれる機会がなかったとしても、様々な人とふれる経験を通して、心の中の冷たく、重いかたまりが、すこしずつ溶けていくことを、私は知っている。
これからも、嫌いなままでいい。
許さなくてもいい。
それでもきっと、「大切にする」ことができるのが家族という存在だ。
この体験は、どんなに説明しても、言葉ではいいつくせないもの。
自分だけのもの。
そして、自分のハートの一番奥にある、柔らかくて傷つきやすいデリケートな部分に関わること。
だから私は40代以降の「自分に向き合う」ことができる年代の女性に、エナジーハンドを学んでほしいと願っている。
さまざまな人生経験を積み、痛みを知り、大切なものに出会ってきた人たちに、活かしてほしいと思う。
文章にすると、なんだかずいぶん深いお話になったけれど、
私たちは、どんなに感動しても、すぐに忘れてしまう。
イヤなことは記憶から消すことが難しいのに、
楽しかったこと、嬉しかったこと、幸せな記憶は、あっという間に忘れてしまう。
だからこうして感じたことを記録しておきたいと思う。
それを「やってみた!おうちde花まるサロン体験記」と命名しよう。(えらそう)
次回は、どんな体験記が集まるだろうか。
私かもしれないし、エナジーハンドの仲間からの体験記かもしれない。
必要としている誰かに、見ていただけることを願って。
EHAJ代表・宝官でした。







